昭和59年06月30日 祈願祭



 やって来てからおかげで止まっとた心臓が動き出しました。本当にこの神様はあらたかな事は皆さんも分っておられましょうけれど。こうして(?)交通安全とほんねいってのこのお祭りは、皆さんの様にお参拝をしてお祓いを受けた、のは尚更の事ですけれども、遠隔地やら後は去年もお願いしとりましたら、おかげで無事故やったから、今年もお願いしますと言った様な、参って来んけれども払えつものだけでおかげを頂く人達も沢山ありますが。その人たちがおかげを受けておる事実ですよね。
 ですからそう言う働きの中、まぁ言うならばもう死んだも同然のが、生き返ると言った様なこちらの一心が今日はおかげを頂くもんですからね。どうでもそこのおかげを頂いて、まぁおかげは神様下さってあるのですから、ただそれを受け漏らさんように、お互い信心をさせて頂かなきゃならんとおもうですが。一週間前だったでしょうか、その熊本の辰巳さんと言う方が娘さんと二人で参って来て。親先生はもう本当にあんなに色が白うあんなさったつに、どうしてこげん黒うなんなさったですかち。
 私が鏡を見てもわからんのです。もうそげん見苦しゅうなったじゃろうかと思うたらなんか。別に人がどうちゅう事じゃないけれども、あのうもうあんないろが白かったとが、いろの黒うなってしもとるばいのと思ったら。神様から「釈迦牟尼仏」と言う事を頂いたんです。(?)(?)お釈迦様を見てみれ。(?)のない位じゃないかと。私の願いと言うものが、なら世界にかけておるのですから。やはり私も(?)(?)心に障る事、掛る事でも。神様の一言で心がスキットする。
 そのスキットする心がおかげを呼ぶのです。お祓いを受けて今年もどうぞ、病気も致しません様に、交通事故などは特におくり、おかげを頂ます様にという願いを込めてのこの大祓い式でございますが。求めて言うて大祓い式を頂いて、大祓い式の御願いをあのうさせて頂いてからね。おかげになると確信した日々、ためには今日もおかげを頂いて、無事達者、交通事故にもあわずにおかげを蒙りました。という神恩報謝の心をもって一日過させて頂けば、いよいよ本当のおかげがあ受けられると言う風に思いますね。
 今日は皆さんどうも有り難うございました。